鯨波戦争とは

 約150年前、鯨波において、幕末の大動乱である戊辰戦争の一戦が展開された。簡単に説明すれば戊辰戦争は、江戸幕府の旧幕府軍(東軍)と薩摩・長州藩中心の新政府軍(官軍)による、日本の内戦である。戊辰戦争は大きく「鳥羽・伏見の戦い」「北越戦争(東北戦争・会津戦争とも)」「函館戦争」に分けられるが、この北越戦争の一局面として、鯨波で戦闘が行われたのである。

鯨波とは

新潟県柏崎市鯨波は、市街地から南約2キロにある、海岸に面した地域である。海岸や山地、崖が幾つも重なり合う複雑な地形なため、近くを走る国道8号線は勾配が厳しく、車でも交通が困難な地域である。入り組んだ地形のこの海岸部は「福浦八景」と言われ、八景は「だるま岩」「聖が鼻」「御野立公園」「番神岬」「鴎が鼻」「松が崎」「猩々洞」「牛が首層内褶曲」の景勝地をさす。猩々洞は3種類、約20000匹のコウモリが生息している全国的にも珍しい洞穴である。

鯨波戦争・・・このサイトの内容とは

これから新政府軍と旧幕府軍の柏崎までの軌跡と、鯨波周辺で展開された両軍の戦いを記していく。ちなみに、ここに示すのは両軍の足取りであって歴史ではない。皆様はこれを読み、実際に百数年前に鯨波で起きた事実を知り、そこで生まれた新たな疑問を自分なりに解決してほしい。それは私が、自分なりの解釈こそが歴史であると考えているからだ。

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